世界の食卓から社会が見える【岡根谷実理】

世界の食卓から社会が見える


書籍名 世界の食卓から社会が見える
著者名 岡根谷実理
出版社 大和書房(312p)
発刊日 2023.04.15
希望小売価格 2,090円
書評日 2023.09.15
世界の食卓から社会が見える

料理本というと、得てして「美味しい」とか「珍しい食材」といった視点で完結してしまうものだが、著者は世界各国の一般家庭に滞在し、一緒に料理をつくり、食べることで食材や料理についての話を聞き集めるという活動を続けている。その視点は個人から徐々に社会や歴史へと広がり、食を起点とする課題や文化を深堀りしている。著者は自身を「世界の台所探検家」と称し「料理は社会を知る入口でしかない」と語っている様に、家庭の料理から現地を知り、そして世界の動きが見えてきた時に、大きな達成感が得られると言っている。まさにフィールド・ワークの神髄といえる。本書で語られる、各国の料理から見えて来る課題は「政治」「宗教」「地球環境」「食の創造性」「伝統食の課題」「気候」「民族」と多様さが面白い所である。

ただ、私もテレビで各種のニュースを横目で見ながら、日々食事をしているものの、食材の一つ一つに思いを馳せて食べている訳でもなく、「美味い」か「不味い」かが重要で、口にしている食べ物とニュースを結び付けて考えることもそう多くない。そんな生活の中で本書を読んだ結果、少しでも食べ物から世の中を見るルーティンが生まれてくれば著者の狙いは達成できたということなのだろう。食を取り巻く幾つかの課題について、初めて知ったという面白さとともに、そう言われてみればという再確認の事柄もあり、それらをビックアッブしてみた。

食と政治の関係では、メキシコのタコスを取り上げて、1991年の北米自由貿易協定締結に従ってアメリカからの強い要請による、遺伝子組換(GM)や除草剤使用のとうもろこし輸入の影響を描いている。加えて、スーダンではイネ科のソルガムという穀類の粉で「アスイダ」という練り粥、日本で言えば「蕎麦がき」的料理がほぼ毎日食卓に登場する主食だが、一方、町ではコッペパンが沢山売られているという。スーダンは乾燥地域なので小麦は栽培できないのだが、1980年代からアメリカの「余剰農産物処理法」によって輸入が拡大するとともに政府の補助金もあり、パンが安価な代替主食になっていった経緯がある。しかし、補助金の打ち切りやウクライナ戦の影響を受けて値上げが続いているという。輸入に依存した食のリスクが顕在化して、国民の混乱が有るという。自給率の重要性が再確認されるとともに、アメリカの食料輸出戦略の負の部分がいろいろな分野で出てきていることも判る。

食と宗教については食戒律(コーシャ)がメインテーマである。イスラエルのマクドナルドではチーズバーガーは販売されていない。それは、コーシャの基準に「同じ料理で乳製品と肉の両方は使わない」とあるのも、聖書に書かれている「子山羊をその母の乳で煮てはならない」という言葉に起因しているという。このように各宗教が色々な食戒律を持っているが、各国航空会社が提供している特別機内食のリストが紹介されている。見ると、ANAは中国南方航空や大韓航空とともに11種類の特別機内食が選択可能な一方、エールフランス、アメリカン、ルフトハンザは6~7種となっている。選択種類の多さにも驚くが、アジア系と欧米系の差についても理由が知りたいという好奇心が湧いてくる。

食と地球環境について、ボツワナのティラピア(淡水魚)の高い養殖効率から将来のタンパク源確保の将来性を評価している。また、メキシコのアボカドは紀元前から栽培されており、現在も全世界の30%の生産で世界一を誇っている。日本で消費されるアボカドの90%はメキシコからの輸入である。しかし、問題は栽培のための水の確保だという。アボカド1kgの収穫に1981リットルの水が必要とされ、これはバナナの2倍、トマトの10倍である。このため国内の限られた栽培地確保のために森林伐採が進み、環境危機が叫ばれていると指摘している。

食の創造性という観点では、ベトナムや台湾などでみられる代替肉料理と宗教との関係について探っている。肉を食べないがタンパク質は摂取するというのなら、わざわざ大豆で作った代替肉をたべずに大豆食品を食べれば良いというのももっともだ。「人間は肉に似せたものを何故食べるのか」と問い掛けている。日本でも精進料理に「うなぎもどき」が有ったりする。台湾やベトナムでも精進料理として鶏の丸焼きをかたどった料理があるという。著者がベトナムの尼寺に行ったのが仏誕祭(花祭り)で参拝者に料理がふるまわれていた。その中にエビのような人参や肉無しの肉まんがあったので、尼僧に理由を聞くと「私たちは肉を食べたいとは思わない。野菜を野菜として食べていれば穏やかでいられる。肉に似せた精進料理を作るのは参拝者のため」とのこと「僧からの優しさの贈り物」と著者は見ている。

現代日本の代替肉料理はどう考えればいいのか。単なる我慢の結果と言うのでは趣旨が違うようにも思える。

伝統食についての課題について、旧ソ連邦のモルトバは農業国だが、伝統的に各家庭で自家製のワインを作っている。また、家で搾ったミルクでチーズを造っている。客に自家製のワインとチーズでもてなすのが礼儀とのこと。まさに伝統食ということなのだろう。ここで見えて来る問題は、国民のアルコール摂取量はワイン換算で170本/1人で世界一位。これに統計に入っていない自家製ワインが加わると途方もない量になるとみている。この国の全死因の26%はアルコール関連で世界平均の5倍という。文化と伝統を取り締まることはできないが、悩ましい課題である。

食と民族の観点では、イスラエルからパレスチナに移動して行く旅で国境を越えると風景は一変して石造りの家々と古い街道が続く。パレスチナで訪問した家庭では多様な食べ物を作ってくれたが、必ず出て来るのが自家製のオリーブの塩漬けで、漬け汁にレモンが皮ごとはいっていてサッパリとした味わい。食後、散歩に出ると道の両側に大きな樹が生えている。案内してくれた人が「オリーブの木が生えてると、そこはパレスチナ人の土地だと判る」と言う。何故と聞くと、「オリーブの木は地中深く根を張り、簡単には抜けない。木質も硬く、切り倒すのも一苦労。だからパレスチナ人が昔から住んでいた土地にはオリーブの木が残っている。いまはイスラエルでも」

美味しいか美味しくないかだけでなく、料理の成り立ちを理解することで、我々が生きている社会を見ることが出来る。そんな思いが著者をかき立ててきた様だ。そして、2018年から2022年にかけて著者が旅してきた体験が本書のベース。それも、著者が切り取った世界の見方の一つでしかないことから、刻々と変化する時代であるからこそ、読者が新たな「料理の向こう側」を見たならば、是非教えてほしいという一言も添えられている一冊。(内池正名)

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