ブラッド・コバルト【シッダルタ・カラ】

ブラッド・コバルト


書籍名 ブラッド・コバルト
著者名 シッダルタ・カラ
出版社 大和書房(456p)
発刊日 2025.10.20
希望小売価格 2,750円
書評日 2025.01.18
ブラッド・コバルト

数日前に町を歩いていたら、中国BYD製電気自動車のタクシーを見かけた。……と書きはじめたこの原稿は、ノート・パソコンで書いている。その脇にはスマートフォンが置いてある。これらに共通して使われているのは充電式リチウムイオン電池。デジタル時代になくてはならない製品だ。特に電気自動車はまだ普及途上で、2030年には全世界で保有台数が2億5000万台に達するという予測もある。再生可能エネルギーへの世界的な転換に伴って、リチウムイオン電池への需要も高まる一方だ。

『ブラッド・コバルト(原題:Cobalt Red)』が扱うテーマは、そのことと密接に関係している。リチウムイオン電池の電極にはコバルトという金属が使われる。コバルトの最大の生産地はコンゴ民主共和国で、世界の生産量の7割以上を占める。そのコバルトが、コンゴ国民のどのような労働によって採掘されているかを調査報道したのがこの本。サブタイトルは「コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで」となっている。

まず、インド系アメリカ人研究者である著者が現地を調査して採掘に従事するコンゴ人から聞かされたいくつかの言葉を並べてみよう。

「鉱山会社が来るまで、私たちは三世代にわたってこの土地で暮らしていたんです。……追い出されてからは家族を養えるだけの食べ物すら手に入りません。……ここには仕事なんてありません。どうやって生きていけというんですか」

「どうかあなたの国の人たちに、コンゴではあなた方の使う携帯電話のために毎日子供たちが死んでいるのだとお伝えください」

「この湖は毒だそうです。……『おなかに赤ん坊がいたら死んでしまう。ここで働いている人間の血は蚊も吸わない』と言っています」

「トンネルはここから10メートルの距離にあります。その下にはまだクリスピンとプロスパー(注・事故死した息子)がいます。二人は私の足の下にいるんです」

「我々は墓場で働いているんですよ」

著者は、こうした言葉が生まれる背景について、「コンゴ民主共和国産出のコバルトはすべて、程度の違いこそあれ、奴隷制、児童労働、強制労働、借金による拘束、人身売買、危険で有害な労働環境、極端な低賃金などの様々な悪弊によって汚されている」とまとめている。

コンゴ民主共和国はアフリカ中部、大西洋にそそぐコンゴ川流域に広がるアフリカ第二の国土を持つ国だ。コンゴ(国境を接してコンゴ共和国があるので区別が必要だが、以下、コンゴと表記)は天然資源にあふれた国で、過去数百年、植民地として、独立後は独裁者と結んだ外国企業によって象牙、ゴム、パーム油、ダイアモンド、金、ウラン、鉱物資源、木材の争奪戦が繰り広げられてきた。本書が描くコンゴ南東部のカタンガ地域は特に鉱物資源が豊かで、銅の埋蔵量は世界全体の10%、コバルトにいたっては世界の埋蔵量の半分がここにある。

コンゴといえば、小説好きならこの地を舞台にしたジョセフ・コンラッド『闇の奥』を思い出すかもしれない。19世紀、ここはコンゴ自由国というベルギー国王の(国家でなく国王個人の)私領だった。住民を奴隷状態で象牙やゴムを採取させ、ノルマを果たせないと家族の腕や脚を切り落とす残虐非道は数百万の死者を出したと言われ、同じように植民地を持つヨーロッパでもさすがに問題になった。『闇の奥』はその事実を基にしている(映画『地獄の黙示録』の原作で、映画はコンゴをベトナム戦争下のベトナムに置きかえている)。そんな出来事は植民地時代の過去のものだと思っていたら、著者は「現代のコバルト争奪戦は……コンゴ自由国で行われた悪名高き象牙とゴムの略奪と本質的に何ら変わりはない」と言う。

コンゴは1960年に独立した。しかしその後の歩みは今日に至るまで暗殺やクーデター、内戦の連続で、権力を握った人間は独裁化した。独裁化した政治家は欧米の、近年は中国の採掘業者との「怪しい結びつき」によって私腹を肥やしている。その利益は国民に還元されず、道路などのインフラや学校も整備されず、住民は「極度の貧困、食料不足、内戦で苦しんでいる」。

著者のシッダルタ・カラは、コバルトの需要が激増した2010年代からコロナ後まで、カタンガ地域を調査してきた。カタンガ最大の都市ルブンバシからコバルト採掘の中心地コルウェジまで、いくつもの鉱山や無認可採掘地、村々を車で訪ねている。本書はそれを記録した、研究者によるノンフィクションと言っていいだろう。

狭い幹線道路は、コバルトを積んで往来するトラックやバイクで渋滞している。周囲に広がるのは剥きだしの大地だ。

「煙、砂、灰でできた霞が土地を覆う。空と大地の境目は曖昧になる。……道路沿いの村々はすべて埃を被っている。小屋の間を走り回る子供たちはまるで埃の球のようだ。花などどこにも見当たらない。空には鳥がいない。穏やかな水の流れもなく、心地よいそよ風も吹かない。自然の彩りなど、もはやどこにもないのだ」

埃は芥子色をしている。鉱石の処理に使う乾燥硫酸。触れたり、肺に入ったり、汚染された食物や水を口にすれば、むろん毒性がある。

露天掘りの採掘場が見えてくる。数百メートル四方の長方形で、階段状に数十メートルから百メートル以上の深さに掘られている。その中に無数のトンネルが掘られている。採掘者はこの手掘りのトンネルに入り、鉱脈に沿って掘り進む。トンネルは支柱などほとんどないから、しばしば崩落事故を起こす。

著者は企業が経営する採掘場の周辺にある無認可の採掘地を訪れ、「職人的採掘者」と呼ばれる日雇いで働かざるを得ない人びとから話を聞いている。採掘地にはコンゴ兵や民兵がいてよそ者を警戒し、著者は銃を突きつけられたりもしている。

マカザは、住んでいた村が鉱山の拡大で強制退去させられて家を失い、コバルト鉱山で働く以外に生活の術がなくなった。ヘルメットも靴もなく、つるはしとシャベルでトンネルに入る。出来高払いの賃金は1日10時間働いて1~2ドル。17歳のピーターは、民兵に連れ出され採掘場に送りこまれた。稼いだ金はその民兵に巻き上げられる。14歳のコソンゴは作業中にトンネルが崩壊して脚を何カ所も骨折し、膝の上で切断せざるをえなかった。コバルトの入った砂を選り分けていたプリシルは、やはり採掘していた夫を呼吸器の病で失い、自分も二度の流産を経験した。「私は赤ちゃんを連れていった神様に感謝しています。こんな場所なら生まれてこない方がいいですから」。ツィテは事故で右腕を骨折して働けなくなり、代わりに学校に行っていた息子が働くようになったが、息子はトンネルの崩落で命を失った。事故は隠され、どこにも報告されないから、どれだけの人命が失われているのか誰にも分からない。

コンゴ産のコバルトの多くは、コンゴ企業(政治家の息のかかった企業が多い)と外国企業(現在では多くが中国企業)の合弁会社によって採掘されている。そうした企業の採掘地の周辺には、著者が調査したような無認可の採掘地が数百カ所ある。そこで掘られた鉱石は仲買人に安値で買いたたかれ、仲買人はそれを集積所に持ち込む。鉱石はそこから精製業者に持ち込まれるが、そこでは企業によって採掘された鉱石と無認可の採掘地で掘られた鉱石が入り混じる。無認可で掘られた鉱石が「ロンダリング」され、許可を得て採掘された鉱石と区別がつかなくなる。著者の推定によると、労働条件が極端に悪い無認可採掘地で掘られたコバルトは、世界のコバルト産出の3割に達するという。

コバルトのサプライチェーンの頂点にはアップルやマイクロソフトやテスラやサムスンやダイムラーなどの企業がある。でもどの企業も、サプライチェーンの底辺に著者が調査したような実態があることを認めず、環境に配慮し、強制労働や児童労働、人身売買などを容認せず人権基準を守っていると声明している。

『闇の奥』は19世紀アフリカの話だったが、それは過ぎ去った時代に属するものではなかった。グローバルエコノミーによる新たな「植民地主義」と言える現実が今もアフリカで進行していて、その実態はほとんど知られていない。著者は、「現代の私たちの生活は、コンゴの人びとと環境の犠牲の上に成り立っていると言っていいだろう」と言う。この本は、21世紀の『闇の奥』と言えるかもしれない。訳・夏目大。(山崎幸雄)

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