ブッシュの戦争【ボブ・ウッドワード】

ブッシュの戦争

リアルタイムの「歴史」


書籍名 ブッシュの戦争
著者名 ボブ・ウッドワード
出版社 日本経済新聞社(486p)
発刊日 2003.2.24
希望小売価格 2200円
書評日等 -
ブッシュの戦争

帝国アメリカによるイラク攻撃がいよいよ最終局面に入ろうとしているこの時期に、この本を読めるとは、なんという読書体験なのだろうか。従軍記者の小型カメラを通じて、銃弾が飛び交う最前線の映像をリアルタイムで見ているという日々が、僕らにとって初めての経験だというのとはまた別の意味で、このような読書も初めての体験だった。

この本は、9.11からアフガニスタン攻撃、カブール陥落、イラクへの先制攻撃決断までを、ブッシュをはじめとするアメリカ政府の高官たちが、テロにどんなふうに反応し、行動方針をめぐって対立し、どんな決断をしたかを、彼らの行動、会議での発言を追ってリアルに再現したドキュメントだ。

こうした本は、事が終わり、その時代が終わってから、当事者がやっと口を開くという形でまとめられるのが普通だ。例えば、ケネディ政権がどのようにベトナム戦争の泥沼に足をすくわれていったかを追った傑作、ハルバースタムの「ベスト・アンド・ブライテスト」は、ケネディ暗殺から6年後の1969年から刊行されはじめた。

しかし、この本はほとんどリアルタイムで現実と重なっている。アフガニスタン攻撃を第1幕とすれば、まったく同じ役者、同じ構造で(「悪役」だけは違うが)、執筆され、読まれるのと同時的に第2幕のイラク攻撃が進行しているのだ。

これはウォーターゲート事件をすっぱ抜き、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ著者、ウッドワードの力をもって初めてなしえた仕事だともいえるが、それ以上に、映像メディアの進化に対応して活字メディアも速度のリアリティーをこれまで以上に意識しはじめた証かもしれない。しかもそれが、後世に自らの時代の思想・行動を記録するというジャーナリズムの仕事にふさわしい出来映えを示している。

この本を読んでからイラク攻撃のニュースを追っていると、なるほどと納得することが多いし、この報道の裏にはこういうことがあるのじゃないかと考えることもある。

そのひとつは、ブッシュ政権の戦略・戦術を決める基本的力関係は、やはりパウエル国務長官とラムズフェルド国防長官の対立であることだ。9.11直後の国家安全保障会議で、ラムズフェルドは早くも「アルカイダだけでなく、イラクも攻めるべきだ」と発言する。その背景には、「テロリストとテロ支援国家とを区別しない」というブッシュの演説がある。

パウエルはそれに反対し、アルカイダ攻撃に焦点をしぼるべきだと主張する。このときはブッシュがパウエルに組したが、以後、ブッシュはどちらかといえばチェイニー副大統領、ラムズフェルドらの強硬論、ネオ・コンサーバティブ路線に引きずられてゆく。

それには、ブッシュの個人的資質も大きく関係しているようにも読みとれる。ゴアとの大統領選にかろうじて勝ち、大統領の座を盗んだとまで言われたブッシュは、9.11まで、パッとせず自信なさげな大統領だった。国民の人気もパウエルにあった。

しかし9.11を境に、ブッシュは「強い大統領」たろうとする。「これは戦争だ。報いは受けさせる。生死は問わない」。Wanted, dead or aliveとは西部劇でおなじみの「ガンマンの正義」に他ならない。ブッシュはやはり典型的な南部アメリカ男というべきか、「強い男」を志すときのモデルはジョン・ウェインであったようだ。

以後、閣僚たちは、提示する方針は違ってもブッシュの意思の沿うかたちで行動してゆく。アメリカの大統領の力の大きさを改めて認識させられるとともに、9.11以後のアメリカの行動には、ブッシュの個人的な資質が大きく反映していることがよく分かる。

「一度進路に乗ったら、突き進むことに全エネルギーを集中し、迷いを鼻であしらう」という「強い(強くあろうとしている)大統領」ブッシュを裏で支え、時にたしなめ、周囲に気配りしているのがライス大統領補佐官だ。

「ライスは過保護なくらい面倒を見てくれる」と、ブッシュ自身が証言している。ブッシュもライスの意見には素直に耳を傾ける。ライスはブッシュが個人的にいちばん親しい閣僚のようだが(キャンプ・デービッドの山荘に、他の閣僚が同行しないときでもライスは同行する)、この本で読む二人の関係は、賢明な姉とマッチョを気取る弟のそれのようにも感じられる。

こんなふうに高官たちの個人的な関係、互いの感情がそこはかとなく伺えるのが、この本のもうひとつの面白さだ。大統領候補に取り沙汰され、ブッシュより人気のあるパウエルは、就任後しばらくブッシュと気安い関係にならなかったし、ブッシュもパウエルがスポットライトを浴びるのが不快だった。

一方、父ブッシュとライバル関係にあり、今はライバルの息子に仕えているラムズフェルドは、かつてパウエルが統合参謀本部議長として指揮した軍を執拗なまでに「改革」しようとする(それが現在の「精密兵器で素早くきれいな戦争」路線となり、破綻を来たしかけている)。パウエルとの路線対立は、互いに感情的な物言いにまで発展して、ライスを困惑させる。

軍事的なことで言えば、湾岸戦争でパウエルは大規模兵力の一挙投入という正統的な戦略を取ったが、ラムズフェルドの指揮するアフガニスタン攻撃では「先端兵器と小規模兵力」の方針の裏で、潜入したCIAと特殊部隊の秘密工作が大きな役割を果たしていたことが分かる(北部同盟幹部の目の前でCIAが50万ドルの札束を積むという、映画みたいな場面もある)。

その「成功」体験が、今度のイラク攻撃でも同じことを繰り返させたのではないか。フセイン暗殺を狙った開戦の仕方、イラク軍は裏切りと降伏で崩壊し戦争は短期に終わるという楽観論などは、その背後にCIAと特殊部隊の工作があり、ラムズフェルドがそれに自信を持っていたことを伺わせる。

またこの本で改めて知ったのは、ブッシュを始め閣僚たちに、事を決めるに当たって国連の存在がまったくといっていいほど頭にないことだ。わずかに国際協調路線を取るパウエルが国連決議を得ようと動くだけで、他は国連決議などなくても一向に構わない、更にいえば同盟国すら最終的には同調しなくても構わないという、かたくななまでの単独行動主義の姿勢だ。

僕ら日本人には国連への幻想が強すぎると、よく言われる。そうには違いないが、ここまで国連が無視されているのを知ると、「イラク戦後」の帝国の行動を思って暗澹とした気持ちにもさせられる。

こうした政権内部の議論や路線対立、また戦争それ自体に対しても、ウッドワードはどのような価値判断も下してはいない。

ここに記された事実からは、ブッシュは強い大統領のようにも、自信のないマッチョ願望のようにも読みとれる。パウエルは現実的な善玉政治家のようにも、政権内で孤立し浮いている存在のようにも見える。ラムズフェルドは共和党的な知性を代表しているとも、ブッシュやパウエルへの対抗意識という個人的感情に衝きうごかされているとも読める。

そのようなウッドワードの記述は、政権内部に深く食い入って情報を取るために必然的に取らざるをえなかった方法であるかもしれない(それにしても、よくここまで書いた)。しかしそれ以上に、あらゆる価値判断やイデオロギーを相対化し洗い流してゆく、時間というものに対するウッドワードの周到な戦略であるような気がする。

アメリカのイラク攻撃がどのような結末を迎えるのかは分からない。が、この第2幕もやがてウッドワードによってリアルタイムの「歴史」として僕らの前に現れるに違いない。(雄)

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