ニューヨーク烈伝【高祖岩三郎】

ニューヨーク烈伝


書籍名 ニューヨーク烈伝
著者名 高祖岩三郎
出版社 青土社(528p)
発刊日 2006.12.5
希望小売価格 2800円+税
書評日等 -
ニューヨーク烈伝

この本のサブタイトルは「闘う世界民衆の都市空間」。ニューヨークという都市のイメージとあまりにかけ離れた、そして今どきめったにお目にかからない「闘う」とか「民衆」といった言葉に、いったいこれは何なの? と、書店の棚で見かけて思わず手に取ってしまった。しかも、ニューヨーク「列伝」ではなく「烈伝」である。言葉遣いからして「烈しい」。

この本の中身を短く要約するのはむずかしい。だからというわけではないけど、見出しをいくつか書き写してみる。

「世界民衆都市(メトロポリス)への招待」「雑居住宅からセントラル・パークへ」「イースト・ビレッジの空間政治」「地下鉄とニューヨーク的民衆(マルチチュード)」「包領(エンクレーブ)チャイナタウンの謎」。

左翼に加えて現代思想ぽい匂い。でも、これでもよく分からないなあ。もっとも著者自身、この本について、「歴史か、理論か、フィクションか、はっきり決定しえない」と言っているし、「ある種の「空想的旅行案内」たることを願っている」とも書いている。

「空想的旅行案内」? うーむ、いよいよもって分からない。というわけで、この本のテーマをさぐるのはやめて、とりあえずなにについて書かれている本かといえば、この地に二十数年住んでいる著者によるニューヨークのマイノリティ(極少数派?)の抵抗史だと、ひとまず言っておこう。

誰もが知っているように、ニューヨークは常に大量の移民が流入する「移民都市」である。米国の南部からやってきたアフロ・アメリカンも含めて、ニューヨークにやってきた移民にとってどこにどのように「住む」かは最初の、そして最大の問題となった。それは歴史的に見れば、さまざまな人種差別をともなったスラムの形成と、その移動・再開発というかたちで現れている。

「この都市の驚異的な発展は、「ニューヨークにとっての不動産は、テキサスにとっての石油のような主要資源である」と言われる類の「市場(マーケット)」を生んだ。民衆の「住むこと」そのものが、残酷に絡めとられたマーケットである。そこでは、公共の住宅条件や衛生問題の解決が、「スラムの消去」に繋がり、スラムの消去が、政治もビジネスも合体した新たな不動産投資を呼び込んでいく。これは日常化した「戦争」である」

ニューヨークのスラムの移動・再開発の歴史を考えるとき、そこに大きく関係してくるのが「郊外」の存在と発展だと著者は言う。

アメリカ映画でおなじみの、芝生の庭にしゃれた、しかしどれも似たような一戸建て。「中流階級が理想とし、人生の最終目的として達成しようとする「生活空間」」。そうした「郊外」の自宅とニューヨークのオフィスを自動車で行き来するために、いくつものハイウェイが建設され、ハイウェイが建設されるごとにおおくのダウンタウンのスラムが撤去され「再開発」された。

その最新版は1990年代、ジュリアーニ市長時代に行われた「ジェントリフィケーション」である。

「古い町並みは解体され、中性的な中層ビルが林立し、個性豊かな小中商店の代わりに大小チェーン店が入り込み、「雑多な民衆」の代わりにいわゆるヤッピーズとその家族が住み着いて、巷の風景を一律化してきた。ダウンタウンのいわゆる「郊外化」である。それが一部では「ニューヨークは安全になった」と賞賛された」

著者が「烈伝」として描くのは、そうした政治・経済の動きに抵抗する人々の姿だ。

例えば、廃屋となったビルに囲まれた空き地に勝手に緑を植え、近隣住民のための公園にしてしまう「コミュニティ・ガーデン」の制作者たちがいる。最盛期にはこうした「コミュニティ・ガーデン」は800以上あった。その多くは市の立ち退き命令と再開発によるコンドミニアム建設によって消えてしまったが、イースト・ビレッジには今も3ブロックにひとつは近隣住民が自らの手でつくった緑の空間があるという。

あるいはまた、朽ち果てた無人のビルを修理して住んだり、展覧会やコンサートなどアートの拠点とする「スクワッター(占拠者)」たちがいる。ローアー・イーストサイドのABC No Rioは今も残るアートと運動の拠点で、かつてはキース・ヘリングなどもここで展示したことがあるらしい。

ほかにも「売春婦の権利」を追求するグループや、ゲイやレズビアン、異性装者たちのグループもある。反共和党を旗印に自転車デモや「ダイ・イン」を組織する共産主義者やアナキストのグループもある。

ニューヨーク市当局と時に対立し、時に自分たちの存在を認めさせながらしぶとく活動をつづける彼らの姿は、旅行者にはなかなか見えないニューヨークの別の一面を浮かびあがらせる。

この本の後半は、ハーレムやチャイナタウン、ブロンクス、ブルックリンなどいくつかの地域を歩くためのガイドブック的な体裁を取っている。といっても、マイノリティに焦点を当てる著者のことだから、ふつうのガイドブックに出てくるような場所はほとんど出てこない。

例えばダウンタウンの市庁のすぐ近くにある「アフリカ人埋葬地」。ここは17~18世紀に使役されていた黒人奴隷の共同墓地で、1993年に史跡に認定された。

著者は言う。「この出来事(認定)は、それまで主流だった「自由の街=ニューヨーク」のイメージを瓦解させた。つまり歴史的に奴隷労働に依存してきた南部に対する反奴隷制の北部、ことに「自由の女神」に象徴される街ニューヨークという紋切り型に対する有無を言わさぬ異議申し立てとなった」。

あるいは「私の好みのハーレム遊行の行程」として、マルコムXが暗殺された場所「オーデュポン・ボール・ルーム」や、ハーレムの壁画家ジェームス・デ・ラ・ベガがそこここのビルの壁面に作品を残している一帯が紹介される。

最後に著者は、2006年にブルックリンのグリーンポイントで不審火によって焼け落ちた、元倉庫の廃墟のビル群について触れている。

「この「忘れられた都市」(注・廃墟のビル群)の空間は、実は外から見えない形でさまざまな集団によって使用されていたのだ。スクワッターのグループが居住し、スケートボーダーたちが内部にかなり手の込んだ木造のコースを設置し、アーティストたちがインスタレーションを提示し、パンク・ロック系のコンサートが定期的に開催されていた。それはアルタナティブな生活と文化生産の場だった」

ここにこの本の視点が的確に要約されている。旅行者の目からは、あるいは多数派の目からもなかなか見えないニューヨーク。それは少数であるかもしれないが、それもまぎれもなくニューヨークであり、しかもさまざまなカルチャーの発信源ともなって、この巨大都市に活気を与えている。

そうした「見えないもの」をいわば「未来の多数派」として「見えるもの」に仕立て上げたことを、著者は「空想的旅行案内」と名づけたのだろう。(雄)

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