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写真・横井洋司 文・京須偕充 筑摩書房(252p)2005.10 2,940円(税込み) |
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そんな志ん朝の高座を30年間撮影しつづけた横井洋司の写真と京須偕充の文章のコラボレーションが本書で実現した。一枚一枚の高座の写真を見ていると、粋な絣の着物姿が多いことにいまさらながら気づく。 志ん朝の着物についてこんな言葉が紹介されている。 「六代目圓生が、「若い世代でいちばんいい着物を、たくさん持っているのは志ん朝でげしょう」と評したことがあった。あと(の者)はどうも・・・・・、と言って「へへ」と笑い、それ以上は述べず、「まア、あたくしどもの時分とちがってどうも、着物が高くなりましたからねえ」と“あとの者”にも一定の理解を示していた」 2001年に63歳で死去した「三代目古今亭志ん朝」は「六代目古今亭志ん生」を名乗ることも無く人生を駆け抜けていった。とうに志ん生の名を継いでも良かったと思うが、京須は「六代目を名乗ることはなかった。それが、ひそかにうれしい」と言っている。また、志ん朝自身も「志ん生」の名をあえて継ぐことを拒んでいた。 「・・・長兄の馬生は『志ん生』を志ん朝に譲ると公言し、『馬生』の名を大きくしたいとも言っていた。その思いを果たして、馬生は志ん朝よりはるかに短い、五十四年を一期としたが、志ん朝も内心、現在の自分の名を大きくするほうがずっと誇らしく、しかも気が楽だと考えていたようだ。・・・・よし志ん生を超えたところで、それが子にとって何の自慢になろう。・・・第一、目立つことはもういいよ。売り出し中じゃあるまいしね。志ん朝はあるパーティのスピーチで、『志ん生の代々については本に何ページも書かれていますが、志ん朝については一ページにもなりません。後世、志ん朝のページがもっとふえるようになりたいと思います。志ん生の名前は、値よく売りたいと思っていますので、どなたか買ってください。』と冗談を言ったことがある。・・・・」 そんな、言い回しをスマートにやってのける志ん朝をVideo・DVDといった映像でもなく、CDといった音でもない、モノクロームの写真と二つの噺の速記録(口演)による再現は記録性から遠い分だけ、より強い力を持って迫ってくる。私たちの夜見る夢が何故かモノクロームであるように、感情を揺さぶる力は強い。二つの口演が速記で収録されているが、一つは1981年4月に本駒込の三百人劇場で行われた「首提灯」と1997年6月に同じく三百人劇場で演じられた「試し酒」である。CDで聴く志ん朝よりも志ん朝らしさが伝わってくる。 「えェ・・・(少しためらいがちに)じつはァ、あたくしの家は、えー、もと旗本でございまして、ねえ。え、死んだ親父は、(五代目志ん生の口調に似せて)「家ァ旗本だよォ」、なんてことォ言っていたんですが・・・。どーうもォ、親の言うことですけれども、・・・まァ、親にもいろいろとありまして、ことに家の親の言うことァあてンならないと思っていたら、えーこの間調べていただいたら本当に旗本だそうですね。えー、ですからこのォ、世が世ならあたくしなんぞァ大変ですな、ええ、もう、大変、威張りまくってねェ?・・・」 「(職人、かなり酔って機嫌よく懐手で歩き)うァつはつはつはつは、どうも・・・・あーァ、ありがてエありがてエ、なーアーいい気持ちだい。なーアッ。(右手の人差し指で鼻の下をこすりながら鼻水をすすって)あアー。同し酒でもなあ、銭のある時とない時じゃア酔いようが違うよオ、えェ? 銭のある時にァ、なんか無闇に嬉しいや、なあ? へっへっへっ、いい心持ちだァー (歌うように) 近年稀なるゥいい気持ちイーーっつくらあ、なあー」 音で聴くより、はるかに志ん朝の語り口が伝わってくる。こうした語りを表現する力は日本語独特な機能ではないか。ひらがな、カタカナ、漢字を組み合わせたこうした文章に接すると、つくづく言葉の表現力を再認識することが出来る。その語りにくせがあるわけではない。よく比較される対象として枝雀の語りが対極としてある。枝雀にとってことばはしぐさ、表情などと並ぶ表現の道具にしかすぎなかったといわれる。一方、志ん朝には言語操作の技巧はまったくない。ことばそのものをクスグリとして使わなかった。志ん朝にとって、ことばは人物描写のための純粋な手段であったことが良く分かる。 「古今亭志ん朝はもういない。しかし、彼が華やかに現存し、機会さえあれば客席からうれしく姿を眺められたころとはちがった『志ん朝』がいる。現役だった時代より、あるいは自由に、自在に、みんなが『志ん朝』を“わがもの”にすることもできる。」 「志ん朝をわがものにする」とはよく言ったもので、多くの人の中に独自の志ん朝像が作られてきたはずだ。私の中には昭和37-8年のTVに出ていた姿が一つの志ん朝像。NHKの「若い季節」やフジテレビの「サンデー志ん朝」のそれである。明るい、才気煥発な姿である。もう一つは本書で活写されている高座での姿だ。独演会をするにしても三百人劇場という小さな席に固執していたその生き様がいいのだ。 名が売れると、自信も生れ、それが過信となって、傲慢にさえなる。そんな芸人の姿を山ほど見て来ている。それだけに、志ん朝の粋な生き方がますます際立って見えるのだろう。惜しかったという気持ちは捨て切れないものの、年代を追ってモノクロームの写真を通しても疲れや窶れが見えてくるのも切ないことである。もう一度、目を閉じて志ん朝の語りをイメージしながら本書を閉じた。(正) |