今月の本棚

「旭山動物園の奇跡」

週間SPA!編集部編
扶桑社(127p)2005.4.19

1100円(税込み)
旭川の旭山動物園は昨年(2004)ついに上野動物園の来園者数を超えて日本一になった。今年に入ってから旭山動物園に関する本が続々と出版されている。その中で、本書はDynamicな動物たちの写真とともに、この動物園の歴史と運営ノウハウを知る上で最適な一冊だと思う。

自分が小さかった頃、上野動物園によく行っていた。興味は絵や写真でしか知らない動物たちが生きて動いていることだけで感動していた。孫が居るこの歳になった今でも、旅行に行って時間が空けば名古屋の東山動物園、オーストラリアのシドニー・パース・ケアンズの動物園に行ったし、ハワイ・シンガポールでも動物園に行っている。

特に白熊(正しくは北極熊)が好きだ。5年ほど前にケアンズの動物園にいったとき白熊の展示の仕方にはびっくりした。白熊が飼育・展示されているプールの壁面の一部がガラス(アクリル)になっており、泳ぐ白熊が正面に見える迫力に圧倒されたものだ。そうした体験を思い起こしながらこの本を読み始めた。

まず、旭山動物園の歴史から始まる。年々来場者は減り続け旭川市からはお荷物扱いで廃園一歩手前に追い詰められた時代の苦労。そうした中で現場の飼育係たちが夢を図面化し、アイデアを出していくプロセスは感動的ですらある。「私が20代の頃から語り合ってきた北の動物バカ集団! あの頃の夢、あの時のホラが日本一の現実になってうれしい限り。----歴史は一番、人気は二番の上野動物園園長・小宮輝之」と言わしめた行動力によって旭山動物園は変化していった。

ある見方をすると、本書は経営書であり、社員教育に使える。同時にこの動物園の活動は組織再生のモデルと言える。

「旭山動物園には、草創期から現在まで一貫して持ち続けている哲学がある。それは、動物園の存在意義とは何か、動物園の役割とは何かうことだ。あくまでも自分たちの「原点」を見失うことなく、その上で理想の動物園を実現するために長期的な展望を持ち、実直な努力を惜しまない。それを、園長を始めとする職員全員が共通意識として抱く。そんな当たり前のことをやれば組織は再生することを旭山動物園は教えてくれる。・・・」

アイデアとして実現させていったものとして「旭山モデル」とも言われている行動展示という考え方が有名だ。その原点は鳥の展示だった。

「それまで鳥の施設には池はあっても囲いがなかった。だから飛んで逃げないように鳥の羽を切っていた。・・・鳥の立場になれば「囲いがなくても飛べない」よりは「囲いがあっても飛べる」ほうが間違いなくいい環境です。だから、3000平米という広大な敷地に巨大な鳥かごをつくり、その中に人を入れる構造にした。そうしたら劇的なことが起こった。羽を切られた飛べない鳥は人が近づくとすぐ逃げるんですが、飛べるようにしてあげると、いくら人が来てもギリギリの距離まで逃げない。・・鳥に安心感が生れたんです。これで鳥と人との距離がグッと近くなった。・・・鳥本来の「飛ぶ」という能力を制御しなくなったせいか、鳥たちが繁殖するようにもなった。」

こうして、行動展示は広がっていく。もうじゅう館はこんなコンセプトで設計された。

「猫科の動物は昼間寝るのが習性なので、その姿がつまらないというのでは、動物園として役割を果たしていない。・・例えば、ヒョウは木の上など高いところを好む。風通しがよくて居心地の良い空間をつくってやれば、絶対にそこに行く。それを下から見たらどうだろう。・・・結果、網の上で寝ているヒョウの肉球やお腹のモサモサした毛までジックリ眺めることが出来る。これまで見たこともないヒョウの姿だった。」

「施設全体を360度、ぐるりと回って見ることができる構造も動物園関係者を驚かせた。・・動物にとって人の視線はストレスになるという考え方が「業界の常識」としてある。・・しかし、数年前まで冬季の半年間は閉園していた。誰も来ない時期にたまに人が来ると動物のほうから人に興味を示すんです。動物もヒマだからですよ。・・・だから工夫次第では、人間を動物の暇つぶしに使えると考えた。お客さんを「猫じゃらし」にする。・・」

そうした行動展示は以降、日本ザル、ペンギン、オランウータン、ホッキョクグマと続く。

旭山のスピリットは、「飼育係が打って出ること」と言われている。その典型が「ワンポイントガイド」という、飼育係自身がお客様に向かって説明をするというものだ。

「飼育係が直接お客さんに動物の解説をするなんて、当時の動物園業界では考えられないことだった。・・・飼育係は餌をやって、ウンコを掃除していればよかった。・・・だけど園長や学芸員の説明より、その動物の担当者の話のほうが絶対に面白いに決まっている。だって毎日見ているんだから。「このライオンは昨日ケンカしちゃってね、ほら、あそこに血が出ているでしょう」なんて喋ったほうが、絶対に楽しいじゃないですか。・・・動物の知識はすごいのに人前で話すのが苦手な飼育係もいた。でも、ワンポイントガイドは飼育係全員がやることに意味があったんだ。」

もうひとつの旭山のスピリットは地元の動物に責任を持つということだ。

「・・動物園は地元の動物たちのリハビリしせつであり、そこから野生に帰していく復帰センターであり、その動物に関わる研究者たちの研究施設でもある。・・今、旭山動物園で展示されている動物の1/3は北海道産の動物なんだ。・・ここまで多くの地元の動物を展示している所はないんじゃないか。・・・アザラシは北海道の場合は地物動物という意識があって珍しくない。以前、ある親子連れがアザラシを見ていて父親が言ったんです。「なんだ、ただのアザラシじゃん」と。それが悔しくて・・・」

そんな、普通種の動物たちをいかに魅力的に見せるか。

「動物には面白い側面がたくさんありますが、従来の展示方法ではそれが伝わらなかった。それは博物館のように動物のモ姿モを見せていただけだからです。僕たちは、動物の持っている習性や能力を伝えたかった。あざらし館も、彼らが水平だけでなく垂直に泳ぐ習性を知っていたから生れた発想です。」

たしかに、夢の実現しようという意欲であったり、はたまた意地であったり。行動の源泉はいろいろあるものだ。

「結局は人だと思っています。どんなに素晴らしい建物を建てようが、素晴らしい発想を持とうが、それを使ってどう自分が自己表現できるかが、もっとも大切なことです。」

活動や行動を継続するには「思想」が大切であることを再確認させてもらった好書である。(正)